野口みずきは貧乏!?名古屋マラソンへの練習量が凄かった!


 

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野口みずきの練習量は貧乏からくるハングリー精神だった!?

 

名古屋ウィメンズマラソンで23位でゴールした野口みずき選手、

年齢的にラストランになってしまうかと言われていましたが、

本当にラストランになってしまいそうで悲しいです。

 

10年と少し前にアテネオリンピックに出場し、

金メダルを持ち帰った時の故郷への凱旋がニュースで報じられたことが

印象に残ってる選手です。

当時中学生だった私はマラソンが嫌いでしたが、

野口みずきのことは記憶に残っている位凄い選手でありました。

 

かつての金メダリストもやはり年数の経過には勝てず、

若い選手達に後を繋げるようなレースとなりましたが、

無念ではあろうけど野口みずき自身も満足しているようですし、

野口みずきをよく知っている世代の人間からすれば感動的なゴールでした。

 

今回は野口みずきがどれ程までに名古屋マラソンへの思いを

掛けていたのかを書いていきます。

 

野口みずきの強さの秘訣は貧乏だったこと!?

 

野口みずき 貧乏 名古屋 練習量

 

野口みずきは幼少期の頃はとても貧乏で、

友達が自転車に乗っている中一人だけ走っている状態でありました。

当然この段階から足腰が強くなりますね、

一人だけ自転車が無い状態が幸を喫したのか、中学時代には才能が開花!

高校時代には3000mでインターハイに出場する程の選手に成長しました。

 

しかし高校に通えるかどうかも危うい程の貧乏でした、

何故なら野口みずきの兄と姉は中卒で働き始めているので、

相当貧乏であったことが伺えます。

野口みずきが高校に通えたのも兄と姉が母を説得したからであります。

 

このハングリー精神や兄と姉の思いに答えることができたのか、

高校卒業後にワコールに入社、ここでマラソンと出会うのですが・・・

ワコールでは監督が経営者と対立し退職、

その後就職活動をしながらグローバリーに入社するも

グローバリーが不祥事起こして陸上部が廃部に!

これら2社を得て2005年にシスメックスに所属することになります。

 

高校を卒業してもシスメックスに所属するまで

貧乏から逃れられなかったのですね・・・

なんだろう、アテネで金を取った後にこんな苦労話があったなんてね・・・

諦めなかったからこその後の活躍にも影響が出てきたわけですね。

(ケガに悩まされていたとはいえ)

 

野口みずきの強さの秘訣は貧乏からくるハングリー精神であったことが

よーーーく分かるエピソードでした。

 

野口みずきの名古屋マラソンの為の練習量が凄かった!

 

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野口みずきが名古屋マラソンに出場するに当たっての

練習量が凄かったことが想像されています。

 

野口みずきのモットーは『走った距離は裏切らない』です。

練習は嘘つかない的なヤツですね。

それでは野口みずきは名古屋マラソンの為に

どれだけの距離を走っていたのか?

 

アテネオリンピックに出場する前の合宿では

1日に77kmを走ったと言われています。

 

77って凄い!っていうか凄いを通り越してヤバイ!

35日間の合宿だったので、最高で2695km走ったことになりますね。

(毎日やっていたらの場合)

 

途方も無い距離ですね、

流石に休みの日はあったかと思うのでここまで走ってないと思いますけど

男子選手からもドン引きされるレベルって・・・・

 

当時は20代だったので多少の無茶が効いたでしょう。

現在の年齢だと絶対に身体壊してます。

なので現在はそこまでは走らないかもしれないけど、

1日に走る距離が凄いことが想像できます。

 

ラストチャンスを逃してしまいましたが、

これからは後進の育成に力を入れるかもしれないですね。

 

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